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2008年12月10日
今日の読売新聞に元厚生次官襲撃事件に端を発する、図書館の閲覧制限について、知る自由への規制が過剰になってしまう事を懸念するという記事があった。
読売以外にも、インターネットで調べただけで同様の記事を書いている新聞は11月30日の新潟日報等いくつかある。
読売新聞と言えば、2005年5月の中国潜水艦事故の記事をめぐって自衛官が懲戒免職となったときも「知る権利」「表現の自由」への制約になると書いていたメディアが多かった。
もちろん、表現の自由は民主主義社会にとって最も重要なものの一つであるため、メディア各社には頑張ってもらいたい。
さて、それとは全く別物だが、最近、リーマンショク以来、経済的規制の必要性を述べる人も多い。
経済についてはどういうアクションがあればどのような結果を生むというのは、専門家も含めて誰にも解らない部分があるので大変難しいとは思うが、私の個人的な感覚では、そうした経済的な規制に対しても表現の自由と同様の強い批判があってしかるべきだと感じる。
確かに、日本の違憲審査基準では二重の基準が採用されていて、精神的自由権と経済的自由権では精神的自由権にはより厳格な基準が適用される特殊な面がある。
だが、実際に誰にも結果を正確に予測できない。責任が取れないからこそ、様様な意見、批判があった上で、それを踏まえて立法がなされるべきである。
同じことが起るという事を心配している訳ではないが、二十世紀初頭の世界恐慌の際、イギリスが始めたブロック経済は当事国にとっては合理的、合目的的な規制だったのであろうが、結果的に世界経済を停滞させ、第二次世界大戦の引き金の一つになった。
これだけ世界経済が相互に関連している現代では、特に、先進国における規制に関して言えば、精神的自由権に対する規制よりも経済的自由権に対する規制の方が世界的な規模での影響が大きい。
そうは言っても、即、経済的自由権に対する規制も厳格な基準を以て審査されるべきであると思っている訳ではない。それでは唯でさえ遅い日本の経済政策があまりにも対応が遅くなり過ぎる場合が増えるだろう。
だからそこ、有識者、専門家だけではなく、多くの人によって徹底的に議論がなされる必要があると思う。テレビには期待していないが、新聞、雑誌、書籍によって大衆がもっと経済について積極的な興味を持てるような出版を期待する。
無責任に書いたが、当の私も経済は苦手である。複雑すぎて把握しきれないというのが本音。かといって、簡単な入門書のレベルではあまりにも内容が無さ過ぎて逆に現実との乖離が大きすぎると感じる。
なんか良い本がないかな?
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